孤独の発明

主に米作りとか酒造りについて

ピルビン酸

 最近は甘いお酒が流行っているみたいで、僕が勤めている酒蔵でも、全体的に日本酒度を下げて、アルコールの弱い酒を造ろう、という事になった。
 そのことの是非はともかくとして、「なんかそういう酒を造ることになりそうです」と先日行われた講習会で言ってみたら、他所の蔵の杜氏さんに「それって木香様香とか大丈夫なん? 」と聞かれた。
 そう言われると確かに、単純に日本酒度を下げようと思えば、もろみを早い状態で搾ってしまうのが手っ取り早いわけだけど、そうするとピルビン酸がもろみに残った状態で搾ってしまうという危険性があるかもしれない。
 教科書によると、ピルビン酸の生成は精米歩合が高いほど多く、もろみの品温が低いほど消失が遅く、酵母の種類によっても消え方には差があるらしい。
 その辺のことを考慮すると、うちの酒蔵のもろみは比較的ピルビン酸が消えにくいのではないかな? と思えてくる。ただし今までは、水が軟水という事もあるのだろうか、もろみの切れが悪く上槽までの日数が長かったから、ピルビン酸の消失について考える必要性は薄かったのだと思う。
 僕は今まで知らなかったけど、上槽時期をピルビン酸の残存量で判断する、というのは割と普通に行われていることらしい。
 一つの考え方として、上槽適期とは「ピルビン酸が閾値以下まで消失した後から、酵母が死滅して酵母臭が出始める前」までの期間、と言う事もできるだろう。適期は酒によって異なり、特に吟醸ほどピルビン酸の消失が遅くなって、酵母の死滅も起こりやすいので、ストライクゾーンが狭くなって適期の判断が難しくなる。
 「酒を利いて上槽適期を判断する」など、とてもわからないような気がしていたけど、要はこの適期の範囲内で、香りの出方、糖分の残り具合、味の濃淡、アルコールの多寡などを、自分の思い描いている状態と合致する瞬間を見ているのだと思う。
 この辺の判断はすごく難しいと思われるので、経験とトレーニングは必須だろうが、そもそもの前提条件として、適期を設定するために、ピルビン酸の残存具合と、酵母の死滅する前兆を利き酒で判断できるようになる、という能力が必要になってくると思う。
 しかし、酵母臭はともかく、ピルビン酸の残存量というのは利き酒でわかるものなのだろうか?

 分析に使うサンプルのろ液を利いていると、ボーメから日本酒度に移り変わる、日本酒度-30辺りで、「うすら甘い味のする液体」から「日本酒の味」に急変するのが面白い、と思っていた。
 日本酒度という特殊な指標が用いられるのは、この辺から酵母の発酵が鈍るため、ということが第一なのだろうが、体感的にもこの辺りから酒になることは認知されていたのではないだろうか。
 僕が勤める蔵では、泡なし酵母しか使っていないので、泡の状貌で発酵の度合いを判断することはできないが、教科書によると、地泡の時に最もピルビン酸の濃度は高くなるらしい。
 泡あり酵母でいう地泡の状態が、日本酒度でいうと-30くらいの場合がおおいようなので、この近辺でピルビン酸濃度が高くなっているはず。
 そういえば、日本酒度-30から-10くらいの期間のもろみのろ液を利いていると、なんだかチカチカするような味があるなあ、と感じていたけれど、もしかするとこれがピルビン酸なのか? 
 製品の良し悪しを判別するための利き酒はやったことがあるけど、製造管理のための利き酒というのは正直よくわかってないから、できるようになりたい。
 利き酒の再現性を高めるのは難しいけど、一つの感覚に集中して利けば、人間の感覚というのはそれなりに鋭敏なはずなので、いつか分かるようになるのかな。
 まあ、がんばろう。