孤独の発明

主に米作りとか酒造りについて

日本インド化計画

 出雲のゆめタウンのなかに、変わったうどん屋があると聞いて、ちょっと気になっていた。
 店自体は普通のうどん屋らしいが、シェフがインド人なのだという。
 店のことを教えてくれた人の話だと、「いつも込み合うゆめタウンの中にあるのに、客が入っているところを見たことがない」ということなので、「これは、潰れる前に行っておかなければ」と使命感に燃えて出雲に向かったのが、今年十月頃の話。
 ただ、そのときには、ゆめタウンの場所を調べるために、スマホのナビ片手に運転していたら、警察に見つかって罰金七千円とられた。それですっかり心が折れて、結局ゆめタウンには入らずに帰ってしまった。

 今日は酒蔵の仕事か休みとなって、たまたま川本町の方に用事があったので、嫁さんと、ついでにそこから足を伸ばして出雲にでも行ってみようか、という話になった。
 出雲に行くとなったら、当然向かうべきは件のうどん屋である。
 道中、居並ぶ出雲蕎麦の店の看板に少し心は動かされたが、老舗の蕎麦屋が数十年、数百年の歴史があるのに対し、噂のうどん屋の寿命はせいぜい数ヵ月から数年といったところだろう。
 激動の時代を生きる現代人にとしては、この、うたかたの夢のような店を見逃すわけにはなるまい、と心に決め、ゆめタウンへと向かった。
 

 日曜日のゆめタウンはやたらと人口密度が高く、駐車場はすべて満車、出ていく車を待ってようやく入ることができた。
 老若男女が浮かれた顔で行き交い、店内放送でひっきりなしに迷子のお知らせが流れ続ける。この中でゾンビとか発生したら、さぞかし迫力がある映画になるだろうな、と思わされる、典型的な休日のショッピングモールである。
 とりあえず、店内の案内を見て、フードコートに目当ての店があるんじゃないか、と思ったので行ってみることにした。
 フードコートにははなまるうどんが出店していて、店内を見ると厨房では確かにインド系と思われる外国人の店員が働いている。ただ、事前に聞いてた情報とはちょっと違う気がした。はなまるうどんのようなチェーン店だとは聞いていなかったし、マニュアルの完備したチェーン店なら別に外国人店員がいてもおかしくはないし、なにより意外性がなくて面白くない。
 調べてみると、出雲のゆめタウンにはフードコートとは別に、レストラン街という場所があって、その中にあるうどん屋が目当ての店であるらしいことが分かった。
 つまり、ゆめタウンのなかに二店舗あるうどん屋は、どちらもインド人店員によって支えられているということで、「なんでよりによってうどんなんだろう、インドカレー屋じゃダメだったのか、働くにしてもせめてココイチぐらいにしておけばよかったのに」とか思ったが、国際化の波はすぐそこまで来ていることを実感させられた。

 レストラン街のうどん屋の外見は、いたって普通の、ありきたりな外見である。全体的に和の雰囲気を漂わせているが、入り口の隣の大きなガラスケースの中にメニューのサンプルがずらり並んでいて、子供の頃デパートとかに行くとこういう店でご飯を食べさせてもらった、そんな思い出が蘇るような。
 サンプルを見ると、中には「カルボナーラうどん」とか「八宝菜うどん」のような変化球もあるけれど、基本はふつうの日本のうどん屋カレーうどんカレー部分も、サンプルを見る限り和風のカレー出汁である。
 ただ、のれんをくぐって店に入ると、出迎えてくれるのは二人のインド人シェフ。
 にぎわうショッピングモールからのれん一枚隔てると、そこには静謐な空間が広がっていて・・・・・・つまり一人も先客がいない。
 「この店、マジだ」
 心の中で呟きながら席に着き、店内のメニューを開くと、期間限定の一押しメニューとして、「愛媛県松山名物の鍋焼きうどん」というものが推されていた。
 おすすめメニューは他にもいくつかあったが、そのうちの一つ「夜泣きうどん」には、わざわざ「夜泣きうどん」という名前の由来はこういう事です、みたいな説明書きまである。
 テーブルの上になぜかタバスコが置かれている所は気になったが、それ以外はあまりにもありきたりなうどん屋すぎて、納得のいかない気持ちになってくる。
 そういえば、僕の兄がオーストラリアに留学していた時、中国人が経営している胡散臭い日本料理屋でバイトをしていたらしく、帰国をしてからは「料理ができるようになった」と得意げに怪しい日本料理を振る舞ってくれるようになった事を、何となく思い出したが、その料理を食わされている時に似た感情を覚えた。
 ただ、メニューを見ていた時に、カレーライス(本場シェフの味)と書かれているのを見て、なんだか救われたような気分になった。

 料理を注文すると、インド人シェフたちは手慣れた手つきで、昆布茶やら桜デンブなどを使いこなし、可もなく不可もなく、というようなそこそこの料理を作ってくれた。同行者が頼んだうどんを一口もらったが、何の変哲もない味だった。
 僕はインドカレーの大盛を頼んだ。
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 ちょっと小さな洗面鉢くらいのすごい器に山盛り来た。付け合わせは味噌汁と沢庵。
 たぶんバターチキンカレーだったと思う。味は普通だった。