孤独の発明

主に米作りとか酒造りについて

猪の燻製(似て非なるもの)

 先日、近所の漁師さんからイノシシ肉をたくさんもらったので、燻製を作ってみた。

 イノシシの燻製はこれまでに何度か作ったことがあるけれど、それは燻製工房「白南風」の燻製を知る以前の話。

 一度あそこの燻製を食べてしまったら、そんじょそこらの燻製もどきでは満足できなくなる。燻製を作るのであれば、「白南風」のものに近づけたいのだが、それは様々な意味で困難なことであった。

 

僕がこれまでにやっていた燻製(もどき)では、電熱器でチップを燻して、七十度~八十度程度の温度で肉に火を入れながら、長くても一時間程度で燻製し終えていた。

 だが根本的な違いとして、白南風ではチップやスモークウッドではなく、丸木を炭の上にくべて、その煙で燻製にする、という点がある。さらに、八時間にわたって六十度前後の低温で燻し続ける、という工程が特徴である。

 僕が作った燻製は、いかにも燻製らしいきつね色に色づいたものだが、煙は表面に着いただけで、中心部分は燻製前に付け込んでいたスパイスやら調味料やらの味しかしない。表面に強い燻製香がついているから、それに負けないようにくどい味付けをしてバランスを保つ・・・・・・燻製とはそういうものだと思っていた。

 対して白南風の燻製の場合、燻製らしい色あいは薄い。肉の表面は鮮やかな赤色になっており、切ると断面は発色剤を使った市販のベーコンやハムよりもきれいなピンク色。おそらくこれこそが本物の燻製の色なのだろうが、これまでに僕が見てきた燻製とはあまりにも違い過ぎて、本当にこれが燻製なのかと疑ってしまうほど。しかし、食べてみると、中心部分にまで深く浸透した煙の香りがスッと鼻に抜けて、強烈なインパクトを受ける。しかも、スモークチップなどで長時間燻製し過ぎたときのような煙臭さは無く、高く透き通った香りの煙である。肉のうまみが非常に濃く、噛めば噛むほど味が出てくる。塩加減もすばらしく、煙とうま味の波の間に合いの手を入れる絶妙さ。

 初めて白南風のベーコンを食った瞬間、思わず「マジやべえ」と口走り、それからしばらくの間、僕は肉塊を包丁で薄切りにして口に運ぶだけの機械になった。

 とにかく、同じ燻製と呼ばれる調理法をしているのに、どうしてこれほどの差が出るのか不思議に思い、実際に燻製工房白南風に訪れたりして、その秘密を学びに行った。

 結論としては、白南風レベルの燻製を作ることは、今の僕に許された手間暇機材等の制約の中では不可能である、ということ。しかしその時、白南風の作り方の一部をマネすることで、似て非なるものなら作れるんじゃないかな、とも思った。

 頭の中で考えていた、その、似て非なるものを、今回作ってみたわけです。

 

 そもそも材料が違う、という点は大きい。

 具体的にどこの豚肉を使っているのかは知らないが、白南風のベーコンの原料になる豚肉は、もちろん厳選された素材である。対して、僕が普段燻製に使っているのは、(どうせ燻製にすれば素材の味などわかりにくくなるし、燻製用の大きな塊は買うと高いから)百グラム百円以下の安い豚肉である。味の深みという点では雲泥の差があるだろう。

 しかし、イノシシであればその点は間違いがない。イノシシの味は豚肉にやや似ているけど、もっと味が濃くうま味が強い。根本が成長剤と濃厚飼料で無理矢理太らされたブタ野郎とは違うのだ。

 イノシシは捌きたてのものをミートテンダーライザーで筋切りし、1.2%の塩と黒コショウ、それに軽めの味の純米酒に付け込んで四日ほど熟成させた。以前猟師さんに教わった方法(流水で一晩血抜き)だとやはり肉が水っぽくなるから、やらないほうが良いと判断した。

 肉の表面を洗った後、塩と酒を加えておけば腐敗菌が繁殖するリスクは下がると思うので、燻製用にするなら下味をつけた状態で熟成させた方が良いと、今のところ僕は考えている。今回は1.2%の塩分で付け込んだが、出来上がりは思ったよりも塩辛かった。1.05%くらいで十分だったかなとも感じたが、あまり塩分を減らしすぎると雑菌抑制の面で不安。

 冷蔵庫で熟成後、表面の水分を軽くふき取ってから、手製の燻製機へ。

 普段なら、電熱器の熱で三十分ほど表面を乾燥させた後、スモークチップを入れて燻製していくのだが、今回はその前の段階で少し小細工を入れてみた。

 

 白南風の燻製は60度前後の温度で長い時間燻し続けている。この、60度という温度は、肉に含まれているたんぱく質が変性し始める温度だそうで、これ以下だと火は通らないし、65度以上とかになると肉は硬くなってしまう。最近はやりの低温調理の温度帯でもあるから、この辺に秘密の一端があるのではないかな、と考えたのだ。また、長時間かけて肉を燻すことで、水分が飛ばされて干し肉のように肉のうまみが凝縮されているのではなかろうか、とも考えた。

 スモークチップを使った場合、チップが燃焼し始めると熱が発生するので、僕が使っているような小型のスモーカーではすぐに温度が上がって温度管理が難しくなる。だから、燻製を行う前に、電熱器の出力を調節して、60~70度くらいの温度帯で三時間ほど肉に熱を加え、乾燥させてみることにした。

 その後、スモークチップではなくスモークウッドを使って、60~70度の温度帯を保ったまま二時間燻製する。

 さらに今回は、煙が内部まで浸透するように、普段より小さく肉をカットするという小細工も加えてみた。

 

 結果としては、ある程度狙い通りのものができた。

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 そこそこ良い色になったが、白南風のベーコンのようにきれいなピンク色に発色しなかった。もう少し温度を上げてもよかったのだろうか。

 塩がやや強かったのも失敗だが、肉のうまみはこれまでのものとは比べ物にならないほど濃く、煙もしっかり内部まで浸透している。

 今までに作ってきた燻製よりも、格段においしいものができたとは思う。白南風の燻製っぽいといえば、そういえないこともないかもしれない。

 だがやはり似て非なるものである。本物に比べると至らない点や難点が多い。

 まず、肉の表面が乾燥しすぎていること。燻製前に長時間熱を加えながら乾燥させたため、そうなることはしょうがないのだけれど、やはり食感が悪くなるのは避けられない。そういえば、白南風では屋根やシートなどで覆う事もなく、野積みで乾燥させた丸太をそのまま使っていた。「芯の部分まで乾燥させているから、多少雨に濡れたとしても問題はない」というようなことを言っていたが、煙にある程度の水蒸気が含まれているために、長時間熱を加えても表面が乾きにくいのかもしれない。

 それから、熱の入り方や煙の入り方が均等ではないこと。燻製器のスケールの問題で、僕が使っている程度のサイズでは熱や煙がうまく対流せず、一枚の肉の中でも味が結構違う。

 そして何よりも異なるのは煙の質だ。丸木の煙とスモークウッドの煙では明らかに香りが違う。燃焼の仕方によるものなのか、ウッドに添加されている燃焼助剤のせいなのかはわからないけど、ウッドに火を入れた瞬間にその違いが出てくる。例えるならば、タバコを吸った後に口の中に残るタールみたいな感じで、どうしてもその嫌なフレーバーは残ってしまう。今までは、そのフレーバーこそが燻製の風味なのだと思っていたけど、一度白南風の燻製を食べてしまうとそれがいかに臭かったのかと気づかされてしまう。肉の味の濃さや、強い煙の風味はマネできても、嫌みのないクリアな煙というのはどうしても再現できない。

 

 白南風の燻製は、温度管理や煙の出し方など、技術面で高度なのは間違いない。しかし、炭に丸木をくべて燻す、という方法自体はこれ以上ないくらいシンプルで本質的だ。

 ただ簡易さを求めて手を抜こうとしたばかりに、無駄な努力が必要になるし、努力したところで結局本物には及ばない、ということにもなる。

 僕は燻製の職人として生計を立てているわけではないから、あくまで趣味の一環として本業に支障が出ない範囲で、という制約がある。遮二無二本物を追い求めるわけにはいかないのだけど、どうせやるなら本質的なやり方でやってみたい気持ちはある。