孤独の発明

主に米作りとか酒造りについて

米の乾燥

 去年、某講習会の講義で、米の乾燥方法によって米の胴割れが増減する、という話題があった。
 二軒の農家の米の乾燥方法を比較し、48時間程度の乾燥時間で急いで精米している農家の米は割れが多く、60時間くらいかけてじっくり精米している農家の米は胴割れが少なくなる、といった内容だ。
 個人的に衝撃だったのは、48時間『も』かけて精米している農家が世の中には存在して、それほど時間をかけても、まだ「急ぎすぎ」と言われている事実だった。
 僕の知る農家さんは一人の例外もなく、15~20時間程度で米の乾燥を終えている。
 日中稲刈りを行い、夕方までに乾燥機へ米を張り込んだら、速攻で乾燥機のバーナーを点火し、米の品温50度以上までガンガン上げて、次の日の朝までには目標水分まで下げてしまう。
 一方、講習会で推奨されていたやり方というのは、
 ・米を乾燥機に張り込んだら、バーナー点火せず、送風循環だけで一晩まわし、
 ・翌朝から、米の品温が35度になるまでバーナーで乾燥させ、
 ・品温35度に達したらバーナーを切り、品温が下がるまで送風循環を行う。
 といった操作を、米が目標水分になるまで繰り返す、というものだった。
 「そんな面倒くせえこと、ほんまにやっとるんかいな」と、疑わしくも思ったが、邑南町に戻り近所の農家のところにある乾燥機を見せてもらって、謎がとけた。
 なんのことはない、現代の乾燥機はコンピューター制御なので、設定を変えれば、自動的に講習会で推奨されていたやり方を実行されるようになっているのである。
 具体的に言うと、所定の乾燥方法を設定したプログラムカードというものがあり、望む乾燥方法にあわせてカード入れ換えるだけでよい。
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左の、機械に差し込まれている方が標準装備(最速設定)のカードで、右がうまカード(一般米用のじっくり乾燥させる設定のカード)。おそらく、講習会で悪い例としてあげられていた、48時間で乾燥というのは、右のうまカードを使って乾燥させたものだと思われる。

 乾燥機には通常、標準のカードとうまカードが付属している。酒米向けのカードは基本付いていないので、メーカーから別途取り寄せる必要がある。とはいえ、カードを入れ換えるだけで良い感じで乾燥させられるようになるわけだから、問題の解決は一見簡単そうに思えるだろう。
 しかし、乾燥時間というのは、実は稲作農家の経営を考える上で、ある意味最も大きな点であり、乾燥能力の大小によって農家の経営面積は拘束されると言ってもよい。

 稲作に必要な機械類は、トラクター、田植え機、コンバイン、乾燥機、もみすり機など様々だが、どれくらいの面積をこなすかによって、どの程度の能力の機械が必要かが決まる。
 トラクターだけでっかくても、田植え機が小さければ田植えが延々終わらないし、デカいコンバインがあっても、刈った籾を入れる乾燥機がなければどうしようもない。処理能力のもっとも小さい機械がボトルネックになるわけで、経営可能面積の限界はそこで決まる。
 稲作は野菜作りなどに比べると利益率が低い。そのため、大面積をこなさなければ食っていけるほどの収益をあげられないが、大面積をこなすためには相応の機械力が必要で、しかも能力を合わせてそれらを一式すべて揃えなければならない。面積が増えるほど、機械設備にかかる費用は恐ろしいほど膨らんでいく。無間地獄である。
 僕の知り合いにも、5~10ヘクタール規模の面積をこなす、一応稲作の専業農家だと名乗ってる人もいるが、機械代を補助金で賄い、作付け奨励金のような形で支払われる助成金で売り上げを増やし、あとは年金とか奥さんのパート代で経営を成り立たせている。
 とにかく、機械、機械が稲作農家の宿痾で、まともに機械を買って揃えていたら、米の売り上げだけではとてもやっていけるものではない。
 だから、どの農家さんも機械の能力をフルに使って経営している。せざるを得ないのだが、そこが問題になってくるわけなのです。

 先にも書いたとおり、ほとんどの場合乾燥能力によって農家の経営可能面積は決まってくる。
 少々トラクターの能力が足りなくても、ライトをつけて夜通し耕うんや代かきすればなんとかならないこともないし、田植えも根性さえあればだいたいはなんとかなる。
 しかし、米の収穫適期というのは時間制限がある。品質を最優先に考えた場合、一つの作型の刈り取り適期は一週間程度だと言われている。
 農家さんたちのなかには、刈り取り時期を過ぎた稲を平気で1ヶ月もほったらかしにしておくような人もいるが、論外である。特に、酒米の場合心白があって胴割れが起こりやすいから、極力適期を外さないようにしなければならない。

 だが稲刈りは他の作業とちがって、天候に左右される場合が多い。雨が降るとモミが濡れて機械の中で詰まってしまうから稲刈りはできない。というか、朝露に濡れていても刈り取りは困難なのだから、晴れた日でも十時くらいからしか稲刈りはできない。その時雨が降ってなくても、それまでの雨で田んぼがぬかるんでいたら機械が入れない、ということもある。稲刈りを行う9月10月は台風のシーズンでもあるので、台風直撃となるともう、大変だ。毎年稲刈りの時期にはてんやわんやで、どこの農家も余裕なんてない。
 タイムリミットがあるとなると、気合いと根性ではどうにもならない。機械の能力を超えて働くことはできないから。
 乾燥を1日で終わらせれば、連日稲刈りができる。天気を見て、刈りたい時期に刈る、ということがやり易い。
 だが、例えば乾燥に3日かける、というようなことにでもなれば、乾燥機が空くまで稲刈りを待たなければならないのだ。
 よほど余裕を持って刈り取りの計画を立てておかなければ対応できないし、そうした計画を立てた場合には当然経営可能な面積は少なくなる。
 乾燥機を同時にたくさん使えばそのへんの問題は解決できる。実のところ乾燥機は、農業機械のなかではそれほど高価なものではないのだが、なにしろでかい機械なので、並べて置いておくためには広いスペースが必要だ。となると、乾燥機を置くための倉庫を拡充しなければならないし、そうなると少なからずの投資が必要になる。最低でもウン百万くらいは。
 酒米の主産地などでは、農協が酒米専用の乾燥機を揃えていて、農家は稲刈りをしたらあとは農協に持っていくだけ、というようになっている。このような体制が整っていれば、農家も規模拡大をやりやすいのであるが、それ以外の土地で個人的に酒米を作るとなると、いろいろ厄介なことが多い。一般米とコンタミするとマズいから、米の品種が変わるごとに機械を掃除しなければならなかったりとか、クソ面倒。

 酒米は刈り取り適期が短い。そのため、適期刈り取りを行うためには、早生や晩生の稲を組み合わせて、収穫時期が重ならないような作付け体型にしなければならないが、ここにもちょっと問題がある。
 酒米の値段は品種によって異なるので、どうせ作るのであれば、高く売れる品種を多く作りたい、と普通なら考えますよね。 
 そうすると、刈り取りの時期が集中してくるので、やはり乾燥能力がネックになってくる。

 熱心な蔵元さんの中には、「多少の割り増し金額を払ってもよいから、良い米が欲しい」と言う人もいる(金は払いたくないけど、良い米は欲しい、という人もいるだろうが)。
 しかし、じゃあ具体的にどのくらいお金を払えばよいのか、というと、それは農家の事情によって異なってくるだろう。
 例えばコシヒカリをメインに作っていて、一番遅い作付けに山田錦を一作だけ入れている、みたいな農家の場合。山田錦の収量が、一度に乾燥機に収まる程度であるなら、その後の乾燥機の回転を考える必要は無いので、酒米用のプログラムカードと、(酒米乾燥モードを使った場合、乾燥時間が余計にかかるので)電気代と灯油代の負担くらいで済むだろう。
 だが、酒米の比率が高かったりして、乾燥機を数回転しなければならないような場合には、作付け計画(無理して山田錦ばかり増やしすぎると良くないので、かわりに早生の五百万石もこれくらい作ってもらって、その分五百万石の買取価格には多少色付けますよ、みたいな)から、乾燥機の増設の費用まで含めて考える必要が出てくる。
 さらには、個人の農家を越えて、産地として米のレベルアップを考えるとなると、話はもうすこし大きくなる。

 米の質を上げるためにはどうしたらよいのか。
 品種がどうだ、有機農法がどうだ、といった技術面、ソフトの部分は確かに重要であるが、機械設備つまりハードの部分も同等かそれ以上に重要で、しかもこの部分はカネがなければどうしようもない話である。逆に言うと、カネさえあれば容易に改善できる点でもあるから、特に米の乾燥に関しては、蔵元と農家が真っ先に話し合うべき問題だと思う。

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乾燥中。酒米用のカードがなかったので、うまカードを使いつつ、手動で温度管理してます。